下車

去年の11月20日、大阪は高槻の実家に帰ったときのこと。

大阪でライブがあり前日に入っておこうと考え、新幹線にて東京から京都へ、JR京都線で高槻に着き、

実家に戻った夜、台所でひとり食事しているときラジオをつけた。

自分は実家に戻るとラジオ聞きながら食事をするのが好きだったのでその行動をなぞると「ああこんな感じだった」という気分になります。

高槻は大阪ですが京都の方が近いゆえ、大阪局のAMラジオの電波が入り難く、KBS京都を聞きながらごはん食べる機会が多い。

ラジオからは、男のひとが京都弁でも関西弁でもない口調で話していた。

局制作じゃないのかなこれは、とか思いながら聞いていると、そのひとは「ワーキングメモリー」について話す。

人間には脳の働きに優先順位をつけるワーキングメモリーというのがあり、脳の活用法第一人者である教授の著書を題材に話しており、それを説明する例えでワーキングメモリーの少ないひとを「バカ」と表現して5つの例をあげていた。

そのなかのひとつに「バカな嫁」という例があった。

例は、会社で働く夫と専業主婦の妻と子供、

「夫は明日の仕事を優先させたいのに専業主婦の妻は、子供が学校でいじめられている件を問題定義してくる」

「夫の稼ぎがないと家計はなりたたない。夫は早く明日の仕事のことを考えたいし、それがこの家庭において大事で第一に優先させるべきことでありながら、妻は学校でいじめられている子供の問題を話してくる」

「この問題は二の次なのに」

「それが嫁にはわからない」

「なぜならワーキングメモリーが少ない、バカだから」

「…??」

箸をとめ、ラジオを2度見した。実家にあった水色の古いラジオをしばらくながめて

「え?、今、バカっていうたよな。バカっていうのは、嫁、のことで、その理由、ワーキング、、??!」

とりあえず食事すませ風呂入って寝ようと思ったんだけども、ラジオからねじこまれた内容の問題の多さと大きさがうまく自分のなかでのみこめず、2014年、あれをラジオでいう、一体なんだったんだ。

あれ、ほんとうにラジオだったよな、飲み屋のおっさんの会話が混線して聞こえたんじゃないよな。

うーん。気になって検索すると、「宮川賢のまつぼっくり王国」という番組だったことを知る。

いま抱えている疑問をすっかり忘れてしまいそうになるなぞな番組名の印象はいったん端におき、

ラジオだから何気なく聞くし、不意に飛びこんでくる。

それがこの内容で、これ聞いていたひとのなかで問題に思わないひと、いるんだろうか。だれが考えたんだろう。

聞いてるの自分だけだったかもしれない可能性ってあるのかね。

…おれ聞いたよな、内容。

おれかーー。

めんどくさいなーー。

やんなきゃだめかーー。

それで翌日KBS京都に電話かけました。

ですが、こういうこと、番組の内容がおかしいということを伝えることは、これまで当然したことがないためうまく言えず、

「昨日、ラジオでワーキングメモリーの少ないバカな嫁と言ってたんですが、女性蔑視で問題だと思うんですが」

程度しか説明できず、電話をとってくれた視聴者センターのかた曰く、「メールで返信します」ということで待つこと一週間後、

このラジオ番組は宮城県のTBCラジオが制作しており、KBS京都の編成部を通じて見解を求めているので時間がかかります。

制作局との見解を合わせてお送りします、とのことだったので、さらに待って後日、KBS京都さん側の見解をいただいた。

「この番組の宮川賢氏は東京出身で、バカとの形容は関西で使われるより軽い意味だと考えられる」

「バカと表現した相手は特定の人物ではない」

「宮川賢氏のキャラクター上ご指摘のような女性蔑視の表現にはとらえにくい」

「以上、放送上問題ない」

「でも、バカは関西ではきつく感じられる表現なので地域性も考慮に入れての制作をTBCラジオに伝えておく」

だったので、

「うーん、自分、全然伝えれてない」と頭抱えて、制作の手をとめて、

どこをどうしたら伝わるのだろうか?うーん。と考えなれてない脳の箇所で悩みながら、

1. 専業主婦という労働と夫の会社での労働に対等性がない点

この場合は役割の相違であり、専業主婦家庭の収入は夫と妻の仕事役割により得ているにもかかわらず、

宮川賢氏は夫がすべての収入を得ているという見解のもと話をすすめており、専業主婦という仕事を軽んじている。

2.子供が学校でいじめられている問題は、専業主婦の家庭において夫は関与する必要がないという点。

夫は自分の仕事を考えることが専業主婦の家庭において最優先であり、子供が学校でいじめられている問題は、

嫁が請け負うべきで専業主婦内の仕事ということになっており、しかもその専業主婦という仕事はこの家庭において収入に換算されない仕事という認識が伺えた。

この認識は女性の人間性を軽んじている傾向があると思う。そのために女性蔑視を感じた。

それを放送していたのではないでしょうか?と思ったのですが、こちらの伝え方が悪かったこともあり、

「たとえ話なので問題ない」

「関西と東京ではバカの意味合いが違うため問題ない」

「宮川賢氏がこの発言をすることは世間的には許されるため問題ない」

「=放送上問題ない」と連絡いただきましたが、

@例え話、固有名詞など特定しない発言だからこそ、個人の見解がより強くでていること。

@専業主婦という仕事をしている女性が、子供が学校でいじめられている問題を夫に提議することははたして「ワーキングメモリーの少ないバカな嫁」ということなのか、その例えは適切なのか。

@「宮川賢氏という人間性だから許される」という趣旨を万人が受け入れる必要があるのか。

自分の当初の説明が悪かったために伝えたい内容がずれてしまっている気がするので、もう一度この見解で正しいのか教えていただけますでしょうか、と返信した。

いま考え直すと、それよりほかに色々こういう方が良かったかもな、など浮かんでくるし、

自分よりもっと見解がひきだせる気づけるひとたちならもっと核心をつけると思いますが、

なかなか自分こういう問題を考えることになれていないのもあって、これが、そのときだせる返信でした。

後日、またKBS京都さんからは返信をいただき、電話で話したいということで連絡すると、

たしかに、そちら(自分)のご意見は、こちら(視聴者センターのひととKBS京都の制作のひと)も理解できます。

ですがKBS京都の編集部と東北放送の担当者と話あったところ、東北放送ではリスナーの意見に対して直接答えてないので、

この女性蔑視に関する意見も正式に答えない。ということでした。

ああ。またここまでか。

内部では問題に気づかず、気づいたとしても解決に向かう自浄能力がないのに外部の意見は聞き入れない、

どの問題にも出現する村社会の壁か。といつも通りの失望をしました。

この内容がおかしいということを、もっとどういう風に伝えれば、東北放送と宮川賢氏に届いたのだろうか。

この内容を、放送していることがどれほど問題か、東北放送と宮川賢氏は分かっているのだろうか。

この架空の、”いじめられている子供”と、それを夫に伝えても”「ワーキングメモリーが少ない」とバカあつかいされる妻”の人生。

気づくんだろうか。

こんな内容がラジオで放送され、何ごともなく過ぎてゆくほどに、

女性蔑視、女性差別は社会に蔓延していて、根が深いんだろうなあ、というのが自分の感じたことで、

果たしてどこまで根が深いんだろうか、などは正直自分にはまだ気づけないところがたくさんあると思います。

自分が女性差別に関して、だめだ、なんて男性にも女性にも胸を張って話せる人間なのか何なのかなど過去を振り返ってみても、そんなことあるわけないだろう、お前も加担していただろうという声が頭のなかに聞こえてくるけどもですが、

だからこそ、ここから自分のこれまでを、申し訳なかったと反省し、じゅくじゅくに社会の下地に浸りすぎて、

知らずうちに汚泥地獄のようになっている男尊女卑社会の列車からひとつ降りて、見直して、考えていきたいと思います。

どうすれば良いかは、男のひとなら、例えば周りの女のひと、母親でも姉でも妹でも好きなひとでも女は生きにくい、と感じている点を聞いて、

え、こんなことも女のひと嫌だったのか、知らんかった、からスタート地点になるのでは。

とにかくわからないことを知り、考えてゆく。

とりあえず、自分は音楽が好きなのでこういう記事を読んで、

http://www.factmag.com/2015/07/02/eurorack-dudes-with-beards-tumblr-modular-synths/

こういうこと(モジュラーシンセの使い手に髭の男性が多い、ていうTumblr)も今は女性の問題にも繋がっていくのか。なんというか、おそらくこれは旧体制から新体制へ大きくシフトチェンジするようなことなんだろうと、社会においても文化においてもどの思考においても、停滞しているような、岐路に立たされているように感じている、いまの突破口になるんだろう、この差別問題を無くすことはと感じるのは、

女性がいままで背負わされている現実の重荷を消しさって人間になれば、

男性もいままで背負わされている現実の重荷も消えさって人間になり、次のスタイルで考えていけることが分かっているからだと思います。

どこかの男が「女はバカだ」と思っているのなら、それは当然大きな間違いで、ワーキングメモリーの少ないその男性に、暴力と男尊女卑社会の下地を背景にレリーフのよう掲げ、女性のワーキングメモリーを抑えつけているんだろう、何千年も。あの感性を。直感を。知性を。行動を。人生を。

遅刻がちな自分、いつももうしわけないですが、今しがた、下車した。

鴨田潤(イルリメ)